ロマン主義運動については、オタク文化との類似点はいくつも思い付く。特にそのファンタジー趣味な部分については、単に類似しているだけでなく、オタクはロマン主義者の直接的な子孫でもある。
強いて違う点に注目すると、オタクが主知主義的であるのに対して、ロマン主義が直感的、情熱的であるという風に見えるかもしれない。「いかなる普遍的正義も理想も信じない」という態度を、オタクは自らの懐疑的知性の証拠と見るのに対し、ロマン主義者は自らの奔放な生命力の発現と見なす。しかし、こういう自己規定のやり方はともかく、やってることは似かよっている以上、そのやがて辿るべき運命も似通ってくるのではなかろうか。
さて、ロマン主義というものも、当初、自分達こそが、人間を道徳や啓蒙主義的正義といった抑圧から自由にし、開放する思想であると主張したのであった。
しかし自由という言葉はあいまいである。道徳や正義を、抑圧の道具であるとして否定したのはいいが、それは大衆が権力に抗議する根拠を否定することでもある。一方、権力の側では、べつに正義を主張するのは効率的な統治のための手段の一つにすぎず、無ければ無いで良いのであった。価値観を相対化しても、権力は相対化されない。
かくして、ロマン主義が目指した、正義や道徳、普遍的規範からの自由は、国家や民族、権威としての教会組織という「強者」との合一という形でしか実現されない。
ただし、初期のロマン主義者は、口では「押しつけられた道徳など不要だ。人間の感情と官能を自由に開放すればよい」と言いながらも、その開放された先には、暗黙の常識、良識というものがあって、自然とそこに落ちつくと期待していた節がある。外から強制されるから人間がゆがんでいくのであって、自然にしていれば、人間本来の善性が発揮されるという、一種の性善説である。してみれば、彼らは、普遍的正義というものを完全に否定したのではなく、啓蒙主義とはちょっと違う形でそれを得ようとしただけ、という見方もできようか。
こうして、特にロマン主義のフランス的展開は、人道主義的保守主義とも言うべき、わりと穏健な所に落ちつくのであったが、これは思想的には、むしろ不徹底なのである。
詩人ハインリヒ・ハイネは、ドイツのロマン主義の右翼性の厳しい批判者であったが、一方で本人が至ってロマン主義的な感性の持ち主であった。
彼の、持ち前の反骨精神による、体制順応的なロマン主義右翼への批判は本物なのだが、一方で彼自身の、古代の異教の神話や伝説の奔放さ、「自由さ」への傾倒を、「古典主義的」「合理主義的」「民主主義的」と見做すという混乱からは抜け出せなかった。
近代的市民は、神でも英雄でもない。しかしだからこそ、協力しあわなければならないし、協力しあうことによって、神や英雄の末裔と自称する王侯貴族やその国家に対抗することもできる。そういう個人としての無力さの自覚と、自分たちの社会性への自信が、近代人を解放した。
かくして、左翼的なものは、本来社会的なものである。それは、古代の神々に共感し、そこに生命の開放と自由を見い出すというような、「ロマンチック」なものとは別のものである。
異教的なものの理解としては、そこに強者の崇拝、反民主主義=反キリスト教的精神を見いだすニーチェなどの理解のほうが一貫性はあるだろう。まあ、古代人は人知を越えたものとしての神の力を純粋に恐れたので、神々と人間を重ね合わせて考えるようなロマンチックな所はなかったのであるが。
ハイネもまた、当時の「後進国」ドイツの知識人の宿命として、近代的、市民的自由というものを完全には理解できなかったということであろうか。およそ現代の日本人にとっては笑える話ではないのだが。自由という言葉はあいまいである。オタクが「自由」を口にするときも、それが「権力からの自由」を意味したことは無いのである。
あるいは、この詩人はいわばロマン主義に徹しきれないロマン主義者であったであろうか。彼を後にして、のちにヨーロッパは極限まで純化されたロマン主義としてのナチズムを見るだろう。
いったい人間いろいろ矛盾を抱えているのがむしろ当然ではあり、何でも無矛盾で一貫性があればよいという訳ではないだろう。しかし議論に限れば、徹底している方が有利である。
オタクが自分はネット右翼じゃないと言い訳しつつも、結局ネット右翼を暗黙に容認せざるを得ないのも、ネット右翼が、その反市民運動、反・反権力的な文脈において、最も徹底した、最もオタクらしいオタクであるからである。オタクの枠内でネット右翼を批判しようとすると、結局、「ネトウヨは底辺」「ネトウヨはブサイク」「ネトウヨの正体は朝鮮人」などといった、本質的でないばかりか、言ってる本人の右翼性が露呈する形にしかならない。
だからこそ、オタク文化そのものへの懐疑が必要なのである。